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​亀岡光秀まつりとは・・・

戦国時代の智将・明智光秀公は、初代丹波亀山城主として丹波亀山を治め、今日の亀岡の基礎を築きました。
毎年5月3日に開催される『亀岡光秀まつり』は、この光秀公の遺徳を偲び、市民あげて顕彰する市内最大規模の春まつりで、勇壮な武者行列を再現する「明智光秀公武者行列」が城下町周辺を練り歩きます。

また、JR亀岡駅北側のかめきたサンガ広場では、『かめまるフェスタ』と称して各種イベントが行われ、亀岡は、明智光秀一色に染まります。

戦国時代の智将・明智光秀公は、初代丹波亀山城主として丹波亀山を治め、今日の亀岡の基礎を築きました。亀岡光秀まつりは、この光秀公の遺徳を偲び、市民あげて顕彰する市内最大規模の春まつりです。

戦国時代の武将・明智光秀公は、織田信長に丹波攻略を命じられ、亀岡盆地に進出。天正5(1577)年に、丹波亀山城を築き、初代丹波亀山城主として丹波亀山(現・亀岡市)を治めました。

そして、天正10(1582)年6月、丹波衆1万3千の兵を率いて、本能寺へと向かい、信長を討ちます。これが、みなさんもご存じの「本能寺の変」です。

これにより、光秀公と言えば、「謀反人」「逆臣」といった悪名が代名詞となりましたが、ここ亀岡では、善政を行った名君、生涯側室を持たなかった愛妻家として親しまれています。

光秀公のことをもっと知ろう

お問い合わせ

亀岡光秀まつり実行委員会

〒621-0804 亀岡市追分町谷筋25-30

(一般社団法人亀岡市観光協会内)

Tel0771-29-5152 Fax0771-29-5171

©亀岡光秀まつり実行委員会

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